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東京地方裁判所 昭和52年(ヨ)2284号 決定 1977年12月21日

債権者 上條久吾

右代理人弁護士 川口巌

同 川口達視

債務者 鉄道整備株式会社

右代表者代表取締役 柴内禎三

右代理人弁護士 平岩新吾

同 牛場国雄

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

(申立)

債権者は、「債権者が債務者会社の従業員たる地位を有することを仮に定める。債務者は債権者に対して昭和五二年四月以降毎月二七日限り金一三万五九七六円を仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。」との裁判を求め、債務者は主文第一項同旨の裁判を求めた。

(当裁判所の判断)

一  債権者が昭和四三年三月から昭和四八年三月まで債務者会社の職員として勤務し、同年四月一日から昭和五二年三月末日まで臨時職員として勤務していたこと、臨時職員は期間を六か月として雇傭契約を結び、期間満了時に契約が更新されてきたこと、債務者会社が昭和五一年八月二八日債権者に対して翌五二年三月末日をもって雇傭契約を打切る旨予告し、翌四月一日以降契約の更新をしなかったことは、いずれも当事者間に争がない。

二  そこで、本件の事実関係につき検討する。

1  次の諸事実は当事者間に争がない。

(一) 債務者会社は資本金八〇〇万円、肩書地に本社を置き、東京・大井・三島・上野・大船・池袋・中野・下十條の八か所に事業所を設置している。大井事業所は東京都品川区東品川五丁目地先埋立地大井埠頭その一に所在する新幹線東京第一運転所大井支所構内にあって、主として新幹線の電車清掃を担当している。

(二) 債務者会社では各事業所によって多少の勤務態勢の相違があるが、いずれも昼間作業勤務と夜間作業勤務に分れていること。大井事業所では、昼間作業勤務は午前八時四五分から一七時三〇分まで(途中休憩四五分・実働八時間)、夜間作業勤務は、A番が一八時二〇分から翌朝四時四〇分まで(途中休憩一時間・実働九時間二〇分)、B番二〇時二〇分から翌朝五時〇五分まで(途中休憩四五分・実働八時間)であって、夜間勤務者は二週間の間にA番六回、B番五回、非番一回、休日二回という態勢をとっている。

(三) 作業内容は、夜勤者の場合、食堂・ビュッフェを除くすべての客室と乗務員室の内掃、便所・洗面所の掃除、塵芥処理、車体の外掃(出入口ドア・先端ボンネット部)、汚水取替、給排水、リネン取替等であり、その作業方法は国鉄新幹線総局の定める「新幹線清掃標準」によって詳細に定められ、特別掃除・大掃除・中掃除等清掃種別毎に作業内容も異なっている。作業にあたっては、汚水取替、便所・洗面所の清掃給排水は単独で行う。

(四) 大井事業所の作業内容が国鉄新幹線電車の清掃・整備であるため、作業の性質上、若年労働者の希望者は少い。また、若年労働者の希望者があっても、定着率は低い。勢い、他の企業に比べると、中高年令者の占める割合が高くならざるを得ない。従業員の募集・補充は、年によって異なるけれども、一年に数回は行う必要がある。募集の場合も、四〇歳乃至五五歳という比較的中高年令者を対象とせざるを得なかった。なお、債務者会社では、暫定的に、昭和四三年四月から当分の間、就業規則で五五歳の定年を規定しているのを、男子は満六〇歳まで事実上定年を延長した措置をとって現在に至っている(定年到達日の直後の三月末日をもって退職)。そこで、従来から、満六〇歳の退職後も、常傭職員の需給状態に鑑み必要とする場合だけ、希望者の中から特に勤務成績が良好で、作業能率も低下しておらず、健康状態も良好と認められる者について、臨時職員として採用願を出させていた。

(五) 債務者会社は、臨時職員を一般職員と同一の取扱をしながら、給与・退職手当等については一般職員と異なった取扱をした。

(六) 債権者は昭和五二年三月末日作業服・健康保険証の返還をし、親睦会の餞別金も受領した。

2  争のない右事実に本件疏明資料を綜合すると、次の事実を一応認めることができる。

(一) 債務者会社は、国鉄から請負っている業務遂行の必要上、不足する労働力を補うため、絶えず四〇歳から五五歳までの従業員募集を行ってきた。債務者会社の立場や業務の都合から国鉄退職者を従業員として優先的に採用する方針をとってきたが、それでもなお不足する従業員の補充方法として、債務者会社を六〇歳で定年退職した者の中から、健康で成績良好な者を六か月の期間を定めて臨時職員として採用してきた。六〇歳を超えた臨時職員は、原則として債務者会社外から募集することはなく、極めて例外的に繁忙期には外部から採用したことがあった。臨時職員の森島光治はその一人である。

(二) 定年退職者を臨時職員に採用する際には、事業所毎に、定年退職になる二か月位前に本人の希望を聞き、事業所の意見を添えて本社に上申する。臨時職員の契約更新の際にも、事業所毎に、予め更新希望者を個別的に呼出して採用願を書かせたうえ、事業所の意見を添えて本社に上申する。本社でこれを認めたときは辞令を交付する。このような手順を尽し、事業所に採用権限を与えないのは、債務者会社の人件費が経費の九〇パーセントを占めているからである。

(三) 債権者は大正元年一二月二一日生で、昭和四三年三月二一日債務者会社の職員となり、昭和四八年三月三一日六〇歳で定年退職し、翌四月一日臨時職員となり、爾後六か月毎に契約更新を繰返してきた。昭和五一年八月二八日大井事業所長松沢幸一から、同年九月末日で期間の満了する契約は、翌一〇月一日から更新するけれども、昭和五二年四月一日からの契約は更新しないと告げられた。これは、債権者の年令から見て既に作業能率が落ち、危険であるうえ、協調性がないということから決めたものであった。同時に、臨時職員の森島光治についても、昭和五一年九月一二日で満六四歳に達するので、同年二月末に同年一〇月一日からの契約更新を行わないことを通告していたが、同人の強い希望もあって、特別に同年一二月二〇日までの契約更新をした。債権者は昭和五一年一二月二一日満六四歳になった。

債務者会社は、昭和五二年二月末頃から債権者に契約更新をしない旨重ねて告げたところ、債権者から六八歳まで債務者会社で続けて稼働し、その後は厚生年金で暮したいとの計画を示されて、そのように取計って貰いたいとの要望を受け、検討した結果、同年九月末日の離職に同意するならば、それまでの契約更新をする余地があるとの妥協案を呈示したが、債権者の受入れるところとはならなかった。

(四) 債務者会社には、近年七〇歳代まで雇傭していた例があるけれども、それらはすべて国鉄退職者で、電車の清掃・整備の業務に従事していたものではなかった。

また、債務者会社男子従業員の年令構成は、管理職を除いて、昭和五二年四月二一日現在八九七名中六〇歳以上は七八名で、平均年令四九・三歳、六四歳の者は五名(東京事業所四名、中野事業所一名)、六四歳を超える者なく、大井事業所では二二二名中六〇歳以上は六名(六〇歳三名、六一歳二名、六三歳一名)で、平均年令四八・九歳である。女子は更に低くなっている。

債務者会社男子職員で、昭和五一年四月には定年退職者三二名のうち一九名が臨時職員に採用され、昭和五二年四月には二五名中二一名が採用されている。

三  右事実関係に基づいて検討する。

1  債権者は、大井事業所首席副長横関弘が昭和五〇年九月中に債権者に対し、六八歳あるいは六九歳まで契約更新を続ける旨確約した、と主張する。

果して同人がそのようなことを約したかどうか、本件疏明資料中債権者の陳述を記載したもののほかにはこれを疏明する資料はなく、これとても債権者の主張を裏付けるには、必ずしも明確ではない。のみならず、同人がかかることを自己の一存で決める権限に欠けていることは前示のとおりであるから、仮に同人がそう発言したとしても、当時高令者がいた事実を述べた以上の趣旨を出ないものと見得るところである。

2  債権者の臨時職員としての有期雇傭契約が昭和四八年一〇月一日以降六か月毎に更新を繰返してきたことは前示のとおりである。しかし、定年退職後の有期雇傭契約更新の繰返を、一般の臨時工のそれと同列に考えることは、その実態・運用から見ても、相当でないと考えられる。定年退職後のそれには、自ら制約が伴うものというべきである。債務者会社では、若年労働者の不足に応じ、定年延長の取扱をしてもなお不足を生ずるので、それに応じて定量の労働力を確保する必要から、延長された定年の退職者をもってこれに充てていたことになるので、単に従業員数が満たされたかどうかが問題になるのではないということができる。一般に、高令になる程作業能率が低下し、危険が増すことはあらためていうまでもないことであって、従って、債務者会社ができるだけ若年の労働者によるべく、その補充に努めて、高令者との入替を図ってきたことは前示のとおりである。そこには定年制度と類似した考慮が働いていたことを看取できる。定年制度をもって不合理なものと断じ得ぬように、右のような運営をもって、債権者の主張するような、債務者会社が老令者職場であるとして、老令者の排除を不合理と断じ、非難することは困難である。唯、更新拒絶(傭止)が恣意に流れた場合には、解雇の法理に準じて、権利の濫用をもって論ずべきである。本件では、債務者会社には六四歳を超える臨時職員は既になく、しかも六〇歳の定年退職者を逐次臨時職員に採用している状況と、本件疏明資料によって窺える債権者の作業能率の低下・危険性の増大という事実に加えて、債務者会社が傭止にあたって六か月以上も前から予告していたことを綜合するとき、債権者に掬すべき事情があることを考慮しても、本件の更新拒絶をもって権利の濫用ということはできない。

四  してみれば、債権者の本件申請は被保全権利の存在について疏明が十分でなく、保証をもってこれに代えるのも相当でないと考えるので、却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 富田郁郎)

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